情報を持った階級・情報を持たない階級

日記スタイルでブログを更新するのは、やめることにした。書いていても、「なんだこの事務作業」みたいに思えてきて、書いている本人がたいして楽しくない。そして、やはり、そのとき「書きたい」と思ったことを書くのが一番だな、という結論に達した。

プリーで安静生活を送っていたときに、「日本人への警告/堺屋太一」という本を読んだことは、以前の記事に書いたが、その本を読んで感じたことがあったので、今回はそれを土台にし記事を書いてみようと思う。

本文の中にこういう話が出てくる。抜粋する。

戦前には、関西弁で「ええし」の家-お金持ちで勢力家で上品な家-といえば、何よりも家事使用人の多い家のことだった。お手伝いさんが五、六人もいて、専属の庭師がいて、門番や書生がいて、人力車夫が常時待機している家こそ「ええし」だった。

だが、今は、家事だけのために五、六人も使用人を置いている家はまずないだろう。もしあったとしたら、頭がおかしいといわれるだけで、誰も「ええし」とはいわない。今日の「ええし」は、全館冷暖房のコンクリート造りに住み、ガソリンを大量に喰う大型車を家族全員が持ち、やたらと新品の家具を入れ替えている。つまり資源・エネルギーを大量消費している人のことだ。

昔と今とでは、「ええし」のスタイルが、人を多く使うものから、資源・エネルギーを多く使うものに変わったと言っている。人手が安くて豊富だった時代から、人手が高くなり、資源・エネルギーを安価に調達できる時代への変化が、「ええし」のスタイルを変えたということだ。このことは本文に出てくる表現を使うと、「足りないものを節約し剰っているものを大いに使う」ということになる。

ちなみに、この本の内容は昭和57年に書かれたものだと僕は記憶している。約30年前の話である。その約30年前と今の2010年の世の中を比較してみて、「今の時代に剰っているものってなんだろう?」と考えると、なんといっても「情報」というのが浮かび上がってくる。

世界を旅しながらでも、ニュースや地図を見たいと思えば簡単に取得できるし、どこかの外国のレストランで食べた料理の写真と感想を、今すぐ不特定大多数に伝えること、それも簡単にできる。しかもほとんどお金をかけずに。こんなことはひと昔前までは、ありえなかった話だ。

ということで、今の時代を生きていく上で、「情報を大いに使う」ということは重大なキーポイントになる、と導ける。そのことを胸に、経済学の巨人と評されているジョン・ケネス・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith)のこの言葉に耳を傾けてみる。

工業社会の原動力となっていたのは貨幣である。だが、情報社会の原動力となり、力となるのは知識である。今や情報を持った階級と、無知なまま行動せざるを得ない階級という新しい構造が生まれてきた。この新しい階級の力は、貨幣の力でも、土地の力でもなく、知識による力だ

情報を持った階級と、情報を持たない階級。

これは国際電話を使うのか、スカイプを使うのかという表面的なことでは決してなくて、情報を発信できる(うまく使える)か、情報を受け取るだけ(うまく使えない)なのか、の差ではないかと思う。インターネットの登場前は、個人が不特定大多数に向かって情報を発信するには、テレビや新聞、雑誌、ラジオなどのメディアから情報を発信する以外に方法がなかった。そして、それらメディアに出演できるのは一部の選ばれた者だけだった。

しかし、インターネットの登場によって、普通の人であっても情報を発信できる時代になった。ここで重要な点は、上記のような大メディアから情報を発信していた人たちが、相変わらず、インターネット上でも一生懸命に情報を発信していることである。どうやら「情報を発信する」という行為には力が宿り、有利なポジションへの階段が隠されているのかもしれない。

前に、とある会社が、「Twitterのフォロワー数を採用条件のひとつにした」というニュースを見たとき、「今っぽくて、新しいな」と思ったと同時に、人生のいろんな場面でこういう流れが加速していくんだろうな、とも思った。

情報をうまく使いこなすことが、今の時代を生きていく上でいろいろ有利に働くのではないかと、プリーの寝たきりのベッドの上で、そんなことを考えていた。そして、「さぁ、実際にどう使っていこう?」と今、考えている。

masanoria_336

コメント

  1. やまひろ より:

    かつて、大きなメディアだけに不特定多数への情報発信が可能であった時代には、
    その機能の存在が極めて限られていたために、
    発信する情報の内容もとても限られていたんじゃないかと思います。

    メディアを利用することが許された人でさえも、
    発信する内容は決して自由では無かったんじゃないかと思います。

    例えば、キリンビバレッジが協賛している番組で、アサヒビールの特集は絶対やらないし、
    番組内でスーパードライを絶賛するのも、たぶんNGです。

    そんな中で、本当に人々の心に響く情報を提供するチャンスが、たくさんの人に与えられている現在は、とても恵まれているといえます。

    まったく有効活用してねーけど へへへ ^^;

  2. masanoria より:

    > やまひろ

    昔とは違い、たしかに、
    「情報を提供するチャンスが、たくさんの人に与えられている」のだけれども、
    それでも情報を発信する人・受信するだけの人って分かれるよね。
    で、後者が圧倒的割合。僕は前者になってチャンスを作っていきたいと思います。