英語ブログと徒然草の教え

さっそく本屋に行って、英作文の参考書をチェックしてきた。
「一行から始める英語日記の書き方」/細見 美也を買った。左ページに日記風の英文が載っていて、右ページに口語体での日本語訳。本屋で何冊かパラパラ見たけど、英文を口語体で訳している本というのは本当に少ない。

この本をベースに、英語を勉強していこうと思う。それと、とても参考になりそうなブログも見つけた。
日本がダイスキな外人のBlogである。日本語文とそれに対応する英文でブログが書かれている。さっそくブックマークした。こういうリアルな日記は、かなり参考になりそう。

日常のささいな出来事をブログに書いているだけなんだけど、これがおもしろい。僕ら日本人からすれば気にも留めないようなことでも、外国人からすれば特筆すべきことはたくさんあるのだろう。よく、「こんなことは他の誰かが書いているだろう」とか、「こんな当たり前なことは書いてもしょうがない」とか思いがちであるが、これはいけない。

慣れに慣れた日本の日常でも、外国人の視点から描写されると、新しい発見や新鮮味がある。僕もささいなことであっても、自分のオリジナルな思いを、自分の言葉で表現していきたいと思った。

さて、はじめての英語ブログはなんとかアップした。しかし、冒頭の「数年前から、ブログをやろうと思っていた。」というたったこれだけのものを英訳するのに30分以上かかってしまった。過去完了を使うのか、それとも他の用法を使うべきなのか、わからない。blogという単語を使うときに、aを付けるのか付けないのかもわからない。わからないことだらけである。

日本語で書いたブログを全部英訳すると、日が暮れる気配がにわかに立ち込めたので、はしょれるとこは、はしょることにした。さらに間違っててもいいのでとにかく強引にでもいいから、カタチにすることにした。それでも、3時間くらいかかってしまった。慣れるまではこのスタンスで行こうと思っている。完璧を目指さない。言い訳ではないが、このことを端的に表現する教えが徒然草にある。

徒然草/吉田兼好 第150段より一部抜粋

能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得て、さし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。 未だ堅固かたほなるより、上手の中に交りて、毀り笑はるゝにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜む人、天性、その骨なけれども、道になづまず、濫りにせずして、年を送れば、堪能の嗜まざるよりは、終に上手の位に至り、徳たけ、人に許されて、双なき名を得る事なり。

僕は次のように解釈している

新しくなにかの才能を身につけようという人ははじめ、たいていこう言う。「まだ慣れないしょぼいうちに、友人・知人などに知られたら笑われるに決まっている。絶対にバレないようにしよう。こっそり密かに練習を重ねて、ある程度のところまで行ったら、みんなに自慢気に告白しよう」こういうむっつりドスケベ野郎は、ひとつの才能もゲットできないと相場は決まっている。逆に、まだしょぼいうちから、うまい人の中に果敢に飛び込んで行って、笑われたり、悪口を言われても「今に見てろよ」と悔しさをバネにし、才能がなかったとしても、努力し続ければ、当時、才能があると言われイイ気になっていた連中さえも今はむかし、はるか後方に置き去り、そして、世間に認められて、「あいつ超スゲエな」と言われるまでに至る。

言うまでもないが、受験生のみんなは決して参考にしてはいけない。
まぁ、その、アレだ。徒然草の教えを胸に、笑われても、バカにされても、果敢にチャレンジしていこうってことなのだ。

一行から始める英語日記の書き方
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