バングラデシュにあって日本にないもの

「クルナ」という街を歩いていたとき、自転車を布切れで拭いている青年がいた。街の雑踏のなかで一生懸命に自転車をキレイにしている姿が、僕の目を捉えた。見ると、その自転車カッコイイ。フォルムもデザインもアナログな感じ。バングラデシュに入ってからというもの、「アナログなカッコ良さ」に遭遇することが多い。

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■日本人旅人が語り継ぐ「情報ノート」@AL-RAZZAQUE、クオリティは世界トップクラス

街を歩きながら、いろいろな物を見て「アナログ感がすげえ、カッケーな」と心のなかでふむふむしている。まあ、それは裏を返せば「文明があまり進んでいない」ということだろう。

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■アナログ的なセクシーさに惚れ、自転車購入、4,500TK(約5,850円)

バングラデシュはアジアの最貧困国と言われている。日本はアジアの先進国。極から極へやってきたので、ものごとが新鮮に映るのかもしれない。良いところも・悪いところも鮮明に見えるのかもしれない。僕が感じた「アナログなカッコ良さ」はだからつまり、「バングラデシュにあって、日本にないもの」に違いない。

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■洗濯物を干している?あ、アナログ過ぎる!

そしてそれは「アナログにあって、デジタルにないもの」と言い換えても差し支えないだろう。文明化とはデジタル化のことであって、文明的とデジタル的は同義語だと思う。さて、それでは「アナログにあって、デジタルにないもの」とはいったいなんだろう。

それは「ぬくもり」だと思う。

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■仕事終わり、男4人、柔らかいひかり

蛍光灯よりローソクの方が、ぬくもりがあるような気がするし、
Eメールより手紙の方が、ぬくもりがあるような気がするし、
IHより炭火の方が、ぬくもりがあるような気がするし、
電気カーペットよりゆたんぽの方が、ぬくもりがあるような気がする。

「あるような気がする」とあいまいな表現なのは、「ぬくもり」は目には見えないし、数値で表すこともできない。なんとなくの感覚で捉える他ないので、あいまいな表現になる。そして、その「ぬくもり」というものは、アナログの周辺に発生するムダや手間のなかに宿っている気がする。デジタルとはよりムダ・手間を省いていったものだから、自動的にぬくもりも消失する。

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■チャー屋、一杯4TK(約5円)、路地裏コミュニティ

ぬくもりは人間が人間らしくあるための必須要素。ぬくもりは土着的でどこか懐かしさを兼ね備えている。デジタル一辺倒では、人間はますます人間らしくなくなっていく。かといって、アナログに逆戻りというのはナンセンスな気がする。「デジタルの知・アナログの知」ともに兼ね備えているって、すごいセクシー。アナログに強くなりたいという思いが、バングラデシュに来たことで、芽生えた。

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コメント

  1. takejinn より:

    貴方様のブログ大変興味深く読ませていただいてます。これからも気を付けて旅を続けてください。

    自称、おやじバックパッカーより。