「これは、オーストラリアの国家戦略価格だ」

23時07分。予定より3分早く、シンガポールのチャンギ国際空港から出た飛行機は、パース空港に到着した。入国手続きを済ませ、フロアに出る。到着したのが夜遅くだったため、朝になるまで、空港のテキトーなベンチで寝て過ごそう、というのはチケットを買ったときから考えていたストーリーだ。

軽く外に出てみる。肌寒い。「オーストラリアは今、夏じゃないのか?」。人々は半袖一枚で歩いている。とても久しぶりだ、この気温の感覚。「寒いのもたまにはいいなあ」などと思う。そうか、僕は今までずっと、暑い国にいたのか。体が完全に東南アジアモードになっているようだ。

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■キングス・パーク(Kings Park)から眺める、「世界で一番美しい都市」と言われるパースの中心部

やることもないので、フロアに入ってるショップを流してまわる。なにか違和感がある。すぐわかった。店員がみな白人なのだ。東南アジアには白人がうじゃうじゃいるので、すでに見慣れていたが、店員が白人というパターンは、そういえばなかった。遊んでいる(旅行中という意味)白人しか見ていなかったので、働いている白人を見ると、今までにない感覚を感じた。

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■クリエイティブが活性しそうな街並み、街灯の高さと角度、オシャレ

僕が乗ってきたフライトはいわゆる「格安航空会社」のものだったので、食事や飲み物など一切出なかった。のどが渇いた、「コーラでも飲むべ」と思って自販機に行くと「4」と書いてある。4オーストラリア・ドル(約320円)ということだ。「た、高すぎる」、「日本でも150円で買えるぞ、いや、ここは空港で割高なのを計算に入れても320円は何かの間違いに違いない」。

今までの国ではコーラのペットボトルは50円くらいで買えた。それが一気に6倍だ。「こんなのは信じられないし、認められないし、許さないし」と心の中でつぶやいた。「一気に6倍」の現実を受け入れられない僕は、心の中で必死に言い訳を考えて、ある結論に達した。

「これは、オーストラリアの国家戦略価格だ」

空港というのは国の玄関である。なので、外国人はみな空港から入ってくる。その際に、このコーラの価格を見せて「Hey、なんてたってこんな高いんだ!?」とみんなに思わせるのだ。そこには「オーストラリアってこんなにスゲエんだぜ」という見栄の意味合いもある。国だって人だって、第一印象は大事なのだ。

そうして外国人のみんなは「オーストラリアって物価チョー高いんだね」と、金銭的な失望と国家的な羨望のイメージを抱く。その後、みんなは空港から車に乗って、各々の目的地の街まで行く。市中のスーパーに立ち寄ると、さっきのコーラが1オーストラリア・ドル(約80円)で売られている。「Hey、なんだよ、普通に安いじゃねえか」となる。

そう、これは「アメとムチ」なのだ。

人というのは最初から最後まで優しくしてしまうと、それが当たり前になり、それを「優しい」とは感じなくなる。逆に、最初にムチで叩いておくと、それ以降のものはすべてアメに感じてしまう。最初のイメージはちょっと悪いけど、もうそれ以降は右肩上がりにして、「終わり良ければすべて良し」理論で、オーストラリアを離れるころには「オーストラリアって素敵」って感じに恋に落とすわけだ。

観光客にオーストラリアのことを好きになってもらうための国家戦略だ。だから、これは国家戦略価格なのだ。それなら納得がいく。それなら320円はちょうどイイ価格設定だ。「なんだ、そういうことか」という結論を出し、安心してコーラを買った。コーラの味は今までと同じだった。バックパックを枕にして寝た。

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途中、何度も目が覚めたが、いま時計を見ると、朝の6時。人々が動き出している。空港が動き出している。朝の起きたてはナイーブ、気分が弱い。まわりの風景、白人しかいない。びびる。今まで英語よりもわからない言語を話す国をがっつり周っていたのに、だ。不覚にも、「タイに帰りてえ…」と思ってしまった。

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■平和なムード溢れる、幸せそうな住宅ライン

タイにはじめて入る前、出会う旅人のほとんどから、「タイはいいよぉ」という絶賛の声を何度も聞いていた。悪い評価をまったく聞かなかった。当然、期待は高まり、楽しみにしていた。いざ、タイに入ってみて、「悪くはないが、みんながみんな口を揃える理由がわからない」というのが僕の正直な感想だった。しかし、オーストラリアにいる今、タイに行ったことがないという旅人に会ったら、確実に僕はこう言うだろう。

「タイはいいよぉ」

今まではアジアの中から、アジアを見ていた。オーストラリアに来て、アジアを離れて、はじめて外から見ることによって、今まで見えなかった「アジアの良さ」が、まるでポラロイド写真が色を出すように、じんわりと自動的に見えはじめてきた。

飛行機で入国したというのもあるかもしれないが、今までの入国とは違う。今までは陸路つづきで入国していたので、国の雰囲気の違いの差は、そんなに大きなものではなかった。国の雰囲気の違いの大きさは、よりお互いを深く知るのに役立つようだ。

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■郊外は平屋がメイン、面積(日本の約21倍)が大きい割に、人口は約2,000万人しかいない

外は気持ちのよい晴天が広がっている。さぁ、そろそろ動き出すか。パースの街の中心部へと向かった。

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