旅を始めて1ヶ月半が経過し思うこと

2009年8月20日に僕のこの旅はスタートした。
今日は2009年10月10日なので、旅を始めてから1ヶ月半がすでに経過した。

今の今まで「旅」などしたことがなかった。今回のこの旅がはじめての「旅」である。
金銭感覚、交渉術、食事マナーや挨拶のしかた、世界遺産や観光地、物価に文化にその街の成り立ち…など、本当に何も知らない状態で飛び出してきた。日本人の旅人の誰もが持っている「地球の歩き方」も持っていない。

「旅」というと、非日常的な毎日の連続だと想像されると思うが、まぁ確かにそうなのだけれども、非日常が連続すると、それはいずれ「日常」となるのである。例えばの話、世界放浪の旅をしている人と、日本で月から金までルーティンワークに従事している人とを、どちらが「刺激的な毎日」を送れるかという点で比較した場合、一見、前者の方に軍配が上がると思われがちだが、そして僕も「その通りだ」と思っていたのだが、今はそうは思わない。

日本にいようが、世界にいようが、というか、どこにいようが何をしていようが、自分の意識と行動を変えない限りは、昨日と本質的には何も変わっていない「今日」がまたやってくるだけ、のような気がする。いくら場所を変えてみても、風景が変わるだけで、自分を変えないことには、何も変わらないんだな、と強く思う。

そして今、この1ヶ月半の旅を振り返って思うことがある。
それは「これは旅ではない」ということだ。こんなものは「旅」ではない。僕は「旅」していない。
主要都市間をただ単に進んでいるだけで、言うなればこれはただの「移動」。

僕は旅を通じてインプットしたものを、このブログを拠点に、文字・画像・動画でアウトプットしているが、それらアウトプットされたものも、こんなものは単なる「業務日報」だ。

10人いれば10人なりの「旅(人生)」があるが、自分にしかできないオリジナルな「旅(人生)」を追及していきたい。「旅(人生)」を終えたときに心から満足いくような・心から納得できるような・心から誇れるような「旅(人生)」にしないと意味がない。

僕は本当の「旅(人生)」をしなければならない。
「旅(人生)」を通して、自分だけのストーリーを紡ぎ出さなければならない。

mokuhyou-2009
■…。

ラオス・ルアンパバーンにて、2009年10月10日、芦原成典

masanoria_336