船で仁川(韓国)から天津(中国)へ

仁川のフェリー乗り場に行く。19時発でだいたい26時間かかって天津に到着した。
料金は115000ウォン(約8750円)。日本人はたぶん僕だけだったと思う、欧米人も数人しかいない。

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■仁川の中華街で食べたジャージャー麺。このエリアがジャージャー麺の元祖発祥の地らしい

そして、天津に到着。岸に着いた船からあたりを見渡すがその光景があまりにもイメージと違った。時刻は夜9時頃。フェリーターミナル近辺にホテルはおろか、何も無い。しかもなんか暗くてゴーストタウンのよう。

ホテルの予約なし。地図なし。英語がまったく通じない。そして人民元持ってない。「あ、これマジやべえぞ」。やはり知らない街には、夜着くべきではないと痛感。あともうひとつ。知らない街に入るときは、友達を作っておくべきだとも痛感。

欧米人バックパッカーが数人いたのだが、船内で友達になっておくべきだった。そうしておけば、事前情報がまったく無くても、ホテルまでは最低行ける可能性が高いからだ。船内で話しかけようかと思ったのだが、なかなか勇気が出なかった。いやもっと詳しく言うと、話しかけるのは簡単。しかし、こちらから話しかけたはいいが、僕は英語力がほぼ無いに等しい状態なので、たぶん会話のキャッチボールが出来ない。「お前から話しかけといて、なんだ全然ダメじゃねえか」みたいな感じになるのが、明らかだったので、それを怖れて声をかけることが出来なかった、というのが正しいところだ。

まぁ、でもこれは今回ホントに勉強になった。

■船で仁川(韓国)から天津(中国)へ

というわけで、移動手段はタクシーしかない。夜、ひとり、人民元無い、両替どこでやる?ホテルどこ?つーか、ここどこ?何もわからない、最高に困った。そうこうしていると、英語が話せるタクシーの運ちゃんが登場。うーむ。胡散臭い雰囲気。三流芸能プロダクションのいんちきマネージャーみたいだ。水色のポロシャツを着ている。

が。
彼のタクシーに乗ることが、今僕ができる最高の選択肢なのは確かだ。

タクシーから見る、初めての中国の風景は、僕が今まで見たことのない種類の風景だった。日本には決してない感じ。建物や道路の道幅の取り方が巨大。電灯が無く、真っ暗。人々は上半身はだかで歩いている者もいる。

とりあえず、両替をするために、ハイクラスなホテルに向かう。ハイクラスなホテルだと両替をしてくれるのだ。しかし、両替をするには宿泊することが条件だという。こんなハイクラスなホテルには泊まれない。

次に銀行のATMに行くが、なぜか下ろせない。エラーになるばかり。すでにかなりテンパっていたので、間違えたカードを挿入していた。今思えば、エラーになって当然なのだ。

何軒ものATMに行くが、すべてエラー。当たり前だ。運ちゃんもイライラしだし、クラクションならしっぱなしで、運転も荒くなり始めた。ムードが悪化している。これ以上は危険と思い、ハイクラスなホテルに泊まることに決め、両替も無事に済む。

「タクシー料金はいくらだ?」と聞くと、100元(約1400円)だと言う。100元渡すと、足早に消えていった。今思うと、100元は高すぎる。しかし、あのときはテンパり過ぎてたので、運ちゃんと離れることがとにかく第一優先だった。

テダセントラルホテル(TEDA CENTRAL HOTEL)というホテル。
1泊400元(約5600円)だ。高けえ。でも、しょうがねえ。初日の中国はかなり幸先の悪いものになった。中国ムズいっす。

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■バイキング形式の朝食は無料。バックパッカーは完全に場違い

翌朝、右も左もわからないまま、とりあえず天津の中心地であろう、天津駅に向かうことにした。

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