3ヶ月のひきこもりがもたらすもの

「ひきこもり」や「フリーター」など世間一般では、ネガティブキーワードとされる言葉を、自分をもろに特定できる、こういうブログで書くとなると、意外と躊躇する。でも、まぁ。そんなことはいちいち気にせず書いていこうと思う。

僕はここ3ヶ月あまり、超ヤバい勢いでひきこもった。
全力でひきこもったとでも言えばいいだろうか。周りからの誘いなども、ほとんどすべて断った。「申し訳ないな」と思いつつも、ほとんどすべてシャット・アウトした。

どうしてもそういうモードだった。とにかく内へ内へと進んだ。

基本的に、インターネットや、サイトの制作、読書、映画やドラマの鑑賞、あとは日課のジョギング10kmなど…。ほとんどはこんなことをやっていた。飽きるということはなかった、というより、インターネットにしろ、読書にしろ、なんにしろ、「終わり」というものが事実上ないので、「飽きる」という概念が発生しなかった。

僕は自分には、社交的な性格と自閉的な性格が、経済が好況と不況を繰り返すように、一定の周期で訪れると自己分析している。たぶん人は誰でも、社交的な性格と自閉的な性格を持ち合わせていると思うんだけど、僕の場合、人よりボラティリティが激しいように思う。

イベントを企画したり、遊びを提案したり、何十人も集めたり、社交モードの時は、ほとんど幹事的ポジション。一方で最近のように、自閉モードのときは、すべてをシャット・アウトしたりと、とにかく落差がある。このへんのバランスは「あかんなあ」と思う。が、いったんそのモードに入ると、それしか出来なくなってしまうのだ。

しばらくバリバリの自閉モードだったのが、ここ最近、どうやらそれが底を打ったような気がしている。長い自閉モードが終わり、社交モードへとシフトし始めている。「おかしなことを言うヤツだな」と思われるかもしれないが、自分の中では、スイッチがオフからオンになったかのように明確な何かを感じる。

うーむ、文章というのは難しい。なんだかこう書くとものすごい大袈裟に聞こえてしまう…。まぁ、嘘は書いていない。

昨日、茂呂んちに遊びに行った。
moro-20090611
■茂呂、僕@茂呂の部屋

人とface to faceで数時間話すというのは、久しぶりだった。
会話がものすごい下手になった気がする。自分の言いたい言葉がすぐにパっと出てこない。使う表現が堅苦しい。「そんな言葉、会話じゃ普通使わねえよ」という言葉を使いがち。話がアカデミックになりがち。

スーパーやコンビニで、「袋いらないです」くらいしか、言葉を発さなかったので、当然と言えば当然だ。写真を撮ってみて、茂呂に「表情がない」と指摘されたが、「なるほど」と思った。ひきこもりは表情も失われるらしい。いろんな部分を徐々に柔らかく、溶かしていく必要があると思った。

masanoria_336
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